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2011年4月

2011年4月28日 (木)

ある記事をよんで

タイム誌100 福島南相馬市長&南三陸町医師選ばれる

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津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の病院で、最後まで治療を続けた医師の菅野武さんは、南三陸町の志津川病院に勤めている。 津波で5階建ての病院の4階まで浸水し、140人ほどいた患者やスタッフの3分の2の行方が分からなくなるなかで、最後まで患者を治療し、地震から3日目に救助される。出産のために仙台市にいた妻の由紀恵さんと救助されたあと再会し、地震から6日目の16日、男の子が生まれる。

「死は意識していたが・・・後悔しないようにと。身元が判明するように結婚指輪をつけて、医療活動を続けた」とのこと。また「困難な状況に立ち向かう被災者、日本の代表として選ばれたのだと思う。」と謙虚に話している

米誌タイムは21日、2011年の「世界で最も影響力のある100人」を発表し、福島原発事故での政府の対応を動画投稿サイト「ユーチューブ

」で強く批判した福島県南相馬市の桜井勝延市長が含まれた。

100人は、タイムが毎年、政治家や科学者、芸術家、経済人などから独自に選出する。桜井市長は、オバマ米大統領とミシェル夫人や、ミャンマーの民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー

さんらとともに選ばれる。選出された南相馬市長は

「私は市の現状と市民の生の声を伝えただけであり、選ばれるべきは、南相馬市民だと考えます。」とコメント   素朴な方で昨年市長に選出されるまでは、農業を営んでいたという。大学時代は宮沢顕治を愛読していたとも・・

タイム誌は、世界のニュースを公平に報道し世界中の人々が認めてよく見ている誌だそうである。

2011年4月24日 (日)

春の芽ぶき

昨日も雨だった。

久しぶりの快晴に誘われ、孫と3人で散歩?といっても孫は自転車を持ち出してくる。

心地よい風が吹き、木々や草花が揺れている。土筆、たんぽぽ、スミレ、カラスのエンドウなど。

しばらく行くと坂道の両側はソメイヨシノのアーチ、ひらひらと風に舞い桜吹雪、

願わくば 花の下にて春死なん その望月の如月の頃      

春風の 花を散らすと見る夢は 覚めても胸のさわぐなりけり    

 西行法師の詩を想いだした。

いつのまにか、散歩道の木々は、芽ぶきに勢いを増し、萌木色がきれいで、しばし目を奪われる。

季節は確かに動いている。

丘の上からわが街を望めば、そこには何でもない平和ないつもの景色が拡がっている。

眼下の畑も、野菜が育ち、春の力強さを感じる。ゆったりとした風景から力をもらった。

そういえば、ひまわりが<<セシウム>>を吸収するという記事をおもいだす。

自然の力はやっぱり偉大だ。  自然は凄い!

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2011年4月19日 (火)

旅の列車を乗り換えて

先日、久々にお茶を楽しむ。?一か月半ぶり、習ったことをすっかり忘れている。

点てた美味しいお茶と、貝殻の形の干菓子いただきながら、お話を伺う。

浪江町に娘さんと二人で暮らしているお友達がいらっしゃったという。

グランドピアノ2台で母はボランティアでピアノを教え、娘は、子供にピアノを教えて暮らしていたそうで・・・・・。

津波で全てなくしたそうです。必死で避難所を調べ、わかった時は横浜に立つ朝だったとか、一言、二言話しただけで時間ぎれ、

その後いくら調べても、わからないそうで・・・・。福女時代からの大事な親友で、どんなときでも、1年に1回必ず旅をご一緒してたとか・・・・。主人は少し前亡くされたけど、今まで月1ピアノを習いに東京まで通っていたとか・・・。

「被災してない私でもなかなか、日常に戻れないんだから、落ち着いたら必ず連絡くれますよ。」と言ったものの、慰めの言葉がみつからない。

愛する家族との死別、失くした故郷、友人知人との別れ、東日本大地震で多くの被災者が茫然と立ち尽くしている今、運命の変転ということから人は避けられない。

従来の生活パターンを押し通そうとすることなく、時をゆっくりゆったり過ごしたら、どうぞ

別の列車に乗り換えて欲しい。、新たな窓の景色を眺めて欲しい。 そして再起をはかっ

て欲しいと祈らずにはいられない。Photo

2011年4月15日 (金)

穏やかな春日和、相方と桜を愛でながら散歩する。桜が好き、蕾がピンクに色好きはじめると胸がおどる。

信夫が丘球場の桜並木を歩き始めると、膨らみ始め、三分咲き、五分咲き、満開、場所によってさまざまだ。

「春風の花を散らすと見る夢はさめても胸のさわぐなりけり」  西行法師の好きな詩だ。

咲くを待つときの心のときめきよりも、桜が散ってしまう頃がなぜかこころが騒ぐ・・・。

桜って不思議な花、一つの花は枝から花茎が出てひょろっと咲く繊細な花なのに、一本の木はわっと咲き華やかさ、艶やかさは見事、満開に咲き乱れる桜は、人々の心を捉えて放さない。やがて散るときがくるとハラハラと静かに散り始める。

「春風や散っても絵になる桜かな」  散り方が潔く見事だ。

厳寒を耐えて花開いたその桜の強さと健気さの姿を見るたびに胸が熱くなる。四季のある日本に生まれたことに深い喜びを感じる。

そして今年の桜は凄絶なまでに美しい。

救われた命と散って行った命を思うときに、それはいっそう <ひと春の命>を、そのせつなさを思ってしまいます。

「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」

老いの哀しみと人生のうつろいと、そして一つ命を、今年ほど考えたことはありません。

今年の春も、しずかに過ぎていきます。

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2011年4月14日 (木)

ラジオをきいて

  今、仙台の海は、沖縄の海のように、青く透き通っているという

脅威の津波によって、海底のヘドロが、瓦礫とともにかき回され、洗われたためらしい。

それでも、打ち上げられた魚は、皆無だったとか?

いったい魚は何処にいったのだろうか!

漁業に関係あるらしい人が話をしているのを、耳にする。

もしかしては、事前に津波を察知して、逃げていたのだろうか!

不思議です。

自然の力と生活の神秘を知らされたような感じをうける。

人間なんて、自然から比べたらちっぽけなんですね~。

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2011年4月11日 (月)

あの日からもう1ヶ月

震災! 1か月過ぎても心は閉じたまま、重く圧し掛かっているものを、誰もが感じ、何を模索すれば、いいのか、焦っている。

地震は怖いし、原発も明日はどうなるか?不安と困惑でいっぱいだ。

遠い出来事のような気もするし、また昨日のような気もします。

雨が降っている。散歩がてら買物に出かける。ふと土手をみると、風と雨に打たれながらも小さく、愛らしく凛と咲いて、春を告げている。

スミレの紫と空色の花は中心が白く気品に満ちているオオイヌフグリ。無心に咲いてそよいでいる野の花に知らずに励まされている。

人の世の無常に身をきられるような今、この大惨事にも、きっと別の面が隠れているのではないだろうか?

別の面、言い換えれば「良い面」 「次のステップとなるきっかけ」 「新しい見かた、考え方」など。

試練のまま終わるはずがない!

でもそれが何なのか      わからない。まだ誰にも・・・・・・・・。Photo  Photo_2Photo_3

2011年4月 8日 (金)

南相馬市櫻井勝延市長のyou tubeが世界を動かすを読んで

テレビを観るたびいつも、不思議に思っていたことがある。相馬の市長ばかり、どうしてテレビに毎日現状をつぶさに伝える事ができるのか?今日ある人のブログを読ませて頂き納得した。素晴らしい相馬の櫻井市長 the 11-minute recording

今南相馬市は福島第一原子力発電所半径20・第二半径10キロメートルの避難対象地域と半径20~30キロメートルの屋内待避地域を抱えている。

このビデオが撮られた3月24日、南相馬市では避難した市民がいる一方、屋内待避を余儀なくされた市民も2万人ほどおり、30キロメートル以内への運搬を運送業者が拒否したことで食料に燃料が不足していた。さらには余震で家具などが絶えず揺れ動くし福島原発でまた爆発が起きるのではとの心配は絶えないし、市民は最悪の事態に直面していた。町が日本中から見放されたかのように感じ、市役所の記者クラブに詰めていたレポーター達も全員逃げ出したことで南相馬市がニュースからも消えてしまった。このような時に地域の住民が市役所を訪れ、ボランティアをほとんど見かけないことに不満を漏らして、市長がインターネットを通じて世界に直接に訴えることを持ちかけたのである。YouTubeを使ったことのない市長は最初は懐疑的だったものの、この追い詰められた状況で出来ることは何でもする気になってこのビデオに向かったのである。従来はマスメディアがやって来てビデオを撮るのを待っていたが、その逆で自分たちでビデオを撮りそれを放映することになったと市長は振り返っている。

国が頼りにならないと見極めた危機的な状況でなされたこの櫻井市長の訴えは、淡々とした言葉のすべてに、市民を護らなければならないとの強い意志のこめられていることに私は深い感動を覚えた。実際に現地に赴くことなく電話取材でこと足れりとするマスメディアへの不信もうかがわれるがさもありなんである。私も外信でこのニュースを知ることになった。・・・・・・・と    胸のつかえが取れ、爽やかな気持ちになりました。その後で解ったことですが、国会議員で作家でもある田中康夫さんとは、親友でもあるそうです。

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2011年4月 1日 (金)

今日から4月

今日から4月、桜の便りもチラホラ・・咲き始めたという。3週間の時が流れ、月が変わり、年度が変わる。

出発の季節を迎え、途切れた日常を、日々、気の持ちようと、行動を少しづつ変えて、戻りたい!とせつに思う。

先が見えない原発事故、現実も意識も、まだ「災中」をさまよい、放射能にとらわれている。

けれど、被災者を思い節電を心がけながらも、平生に戻せることは戻し、戻れる人は戻る時だと思う。いや戻りたい。

被災した人も、免れた人も目覚めるたびに新しい一日が、始まる。明日は少しだけ笑顔を増やそう!呟いてみる。

今回の震災で残りの人生を意識するようになった。今日という日は、残された日々の

最初の一日と言い聞かせ、大切に毎日を過ごしたいものだと思っている。

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