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2011年10月

2011年10月31日 (月)

秋の味覚




先日美味しい甘柿が大きいダンボールで届きました。私が柿が大好きということを知ってから

毎年送って下さいます。{息子(娘の主人)の実家}   私は  楽しみにまっています。(笑)

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ところが今年は放射能の心配もして下さり、じゃがいも、玉

ねぎ、ネギとそれぞれを箱で送っていただきました。本当に

有り難いことです。  早速 お礼のお電話をいたしますと

「放射能で御苦労なさっているのだから、安心な食品を食べ

ていただきたい。お米も年間分確保させていただきましたの

で安心して下さい」との温かいお言葉でした。  甘えさせていただくことにしました。

いただいたお米も毎日美味しく食べています。山梨の父上様 母上様のお顔を思い浮か

Photo_4 11_1031000_r_3  11_1031001_r

べながら、(・∀・)ニヤニヤ 本当に有難うございます。 o(_ _)oペコッ



2011年10月30日 (日)

洗濯機

突然、洗濯機が様子がおかしいのに気づく。洗濯機とにらめっこ!eye

すると洗濯機に水が溜まらないことが分る。諦めてコインランドリーに走るcar 洗濯が終わるのに40分かかる。予定があるので、家人に頼み出かける。午後も予定が入っていたが、流石の私もキャンセルして、夕食の買い物をして帰る。ヤマダ電気に℡、明日メーカーさんから連絡が入るという。車で3分位だけれど、往復するのは大変である。2日間コインランドリーにお世話になったが、洗濯機は無事直った。ユウピンがベンのところに入ってしまったらしい。Photo

洗濯機が故障しただけで、なにか落ち着かない。便利に慣れ過ぎているからだと思う。東芝さんのサービスシステムが早くて、本当に助かる。なんでも福島にサービスシステムがあるのは、東芝だけと聴いた事があるので、冷蔵庫と洗濯機は東芝にしたように覚えているが、、、、、。定かではない。(笑)

幸いなことに2日間、秋晴れのいいお天気、よかったあ!

修理して下さった方、手伝ってくれた家人、天候に恵まれたこと!ラッキーの連続 sign01 

感謝でいっぱいだ。Photo_2ヤマボウシの実

2011年10月25日 (火)

舞踊への招待

先日福島公会堂で秋の芸術祭  舞踊の招待が催される。

竹内ひとみバレエは、いつもながら素晴らしい!

「ミッキー&ミニ」音楽が流れ、3歳?4歳?の子供が登場!3881gif

あっと驚く  あまりにも可愛いバレエ、会場は「うわぁ、可愛い」と歓声がもれる。

ホットな空気が会場いっぱいになる

Photo_2それから、つぎつぎと夢のようなバレエがくり広げられる。  Dancer4_s_3gif_2

4番目「エフゲニオネーギン」より

孫は舞台化粧でなお美しく楽しそうに晴れやかに登場する。

一瞬の出来事、手が痛くなるほど拍手する。Dancer2jpg_2

孫のお蔭で優雅な時間を過ごす。感動を有難うございます。

時間をかけて、初めて写真コラージュに挑戦し作成するも、
娘の許可がなく残念無念、この次の楽しみしよう)

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2011年10月21日 (金)

「若狭炎上」  松崎博彦さん

     京都に暮らす松崎博彦さん、1986年つまり24年前チェルノブイリ原発の直後に作られた「若狭炎上」という曲・・・。原発のある若狭を憂えてつくったとか 早速お知らせいたします。4月頃から、話題になっているそうです。

          ものみなすべてが静まり返る 人々はみんな夢の中
          その時若狭に異変が起きる もうすぐ朝が来る午前四時
          原子炉が破裂しはじめている 冷却水も跳ね返される
          燃料棒が溶け始めている たった20分間の出来事
          ようやく国や県に連絡される 野良では人が働き始める

          燃料棒が溶け始める 炉の中はガスが充満し
          その時人々は朝を迎える 人々が動き出す午前六時
          いつものように出勤する人 人々は何も知らない
          放射能が剥きだしている 発電所には警報が響く
          ペイズリー模様の雲が湧き立ち 子供たちは学校へ走り出す

          ついに水素ガスが爆発する 事故発生から4時間後
          対策本部が招集される 人々はまだ何も知らない
          総理大臣にも連絡されるが 何の事だか理解できない
          放射能雲がひろがってゆく ものみな全て動き出している
          無色透明の放射能に 人々はまだ気づいていない

          非常事態は発表されるが 事実は発表されていない
          ラジオやテレビも報道始める 事実は報道されていない
          子供は突然家に帰され 屋内退避とはしゃいでいる
          放射能粒子が降り始める 事故発生から5時間後
          交通は混乱し始めている 人々はまだ事実を知らない

          メルトダウンが始まっている もう誰にも止められない
          周囲道路も封鎖されている 事故発生から6時間
          東京名古屋大阪の街は いつもの通りの時が流れる
          周辺の人は避難を始める もう誰にも止められない
          あいまいな会見を繰り返しては 人の不安をあおるだけだった。

          破滅的な蒸気爆発が 人々はまだ事実を知らない
          激しく放射能が発生する 事故発生から8時間
          交通網は完全に封鎖 人たちはパニックとなり
          屋外へ飛び出す人が続出 行政は会議を続けるだけ
          長い会議の結果といえば ヨウ素剤を配ることだった

          黒い雨が降りしきる町は 戒厳令で静まり返る
          狂ったように吠え続ける犬 静かな町に響き渡る
          手を尽くしようのない惨状の中で 人たちは危険を感じながらも
          すべての人たちは自分を守る 生き続けようと争い始める
          放射能が人の体を 人の心まで縛り始める

          自衛隊と機動隊が行く 彼らに何ができるのだろう
          吹き出し続ける放射能は今も 廃墟の町に降り続ける
          大臣たちが悩み続けても 彼らに何ができるのだろう
          あなたたちが少しでも早く このことに気づいていれば
          もっともっと生きられたのに もっともっと生きられたのに

          優しい人の住む町だった 冷たい風の吹く貧しい町だった
          美しい山と谷間の村だった 今はどうにもならないけれど
          きれいな道路が町に敷かれて 発電所景気に潤った町
          つかの間の夢から覚めた人たちは 今頃何を考えているのか
          何のため町は栄えて 町の歴史は消えたのだろう

          こうなることは分かっていたのに
この詩をみて驚き、震える、。事故の時の状況も、今の現状も、ぴったり当てはまる。
災害の少ない福島と自慢してたのに・・・・。

原子力発電所に行っても、みても、知ろうとしなかった自分がいる。一番大切な事実を知らせようとしなかった国、人達もいる。長い長い暗いトンネルだ。これから戦い続けねばならない。孫のために・・・・。

ある日の朝

枯葉イブモンタン

朝の仕事をしていると、ラジオから枯葉の曲がながれてきます。今の自分の心境にピッタリなんです。不思議なことに。(笑)フランス語もちっともわかりませんが、なんかいいんですよね~。多分何時だったか覚えていませんが、美輪明宏がNHKでシャンソンを唄っているのを聴き、耳に残っているせいだと思うんです・・・・。でユーチューブで探してみました。ありました、ありました。(・∀・)ニヤニヤ   ほんとこころに沁みて癒されます。
(o^-^o)
じつは孫が昨日から宿泊訓練で会津へ、相方は朝早くゴルフへ、娘夫婦は仕事へ、
解放感でふふふ・・・なんです!勿論今日の4時30分、期間限定ですが・・・・。

家族皆が健康で、それぞれがそれぞれの場で、活躍できる幸せをかみしめています。
昨日は息子の実家山梨から、お米が1俵、届きました。本当に有難いことです。いつも心にかけて下さり、温かいご支援をいただいています。お互い若くないので、健康に留意して、1日を大切に過ごしましょう!と声をかけあっています。

スコットランド民謡の「麦の畑で」をやっとやっと!弾けるようになりました。note(ピアノ)たどたどしくて恥ずかしいんですが、10月いっぱいで仕上げます。そして今年中には発表します。どんな形になるかわかりませんが・・・。楽しくなりましたピアノの前に立つことが・・・。

久しぶりの更新です。拙いブログいつもお立ち寄りくださいまして有難うございます o(_ _)oペコッ D0084473_18582636jpg


 感謝申し上げるとともに、とても励みとなっております。どうぞ宜しくお願いします。

2011年10月15日 (土)

嬉しい話

先日、娘夫婦が二泊三日で徳島県に行ってきました。(余談ですが、私は四国にまだ行ったことはありませんヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ)

詳しいことは知りませんが、なんでも国土交通省主催のハウジング展が催され、東日本大震災で功労のあった団体の表彰式があり、代表で行ったようなんですが・・・・。

とても嬉しい話ですが、私などは「なんで徳島?東京でもいいんじゃない?」と思うわけですよ。(苦笑)しかし

仮設住宅を建てて、どうも実績が認められたようなんです。帰ってきた二人をみて、「ああ、よかったなあ」。とほっとしたわけなんですが(笑)Princetakamado1jpg_2

高円妃殿下のご臨席を賜り、知事、国土交通省の方々など・・・・と興奮した様子で話してくれました。特に娘は高円妃殿下の内からにじみ出る美しさに驚き感銘した様子です。
徳島008徳島003徳島007

出張して良し、帰ってきて良し、の心境です。wink  でも孫の顔の輝きが違います((w´ω`w))

2011年10月10日 (月)

散歩

相方と散歩したのは、何時だったろうか?想い出せない。遠~い昔のような気がする。

みえなくても、臭わなくても、触れなくても、聞こえなくても、やっぱりある、やっかい物がある。

まして、森や、山には、落ち葉と共に・・・・。

今日は線量測定器を持って、相方と二人で散歩をする。近所の金木犀が豊かな香りを漂わ

せ大地をも染め、秋も深まり始めている。坂を上り始めるとき、3,0 雨が山から流れ落ち葉が

溜まっている場所だ。歩いて間もないのに疲れる。綺麗な花が楚々と咲いている。11_1009001_r

白い花は名前を知らぬがとなりが秋の麒麟草です。

11_1010002_r坂の両側に其処此処に咲いて

いる。測ると1、8(全て地表)

自分の背丈なら0,9

山の頂上付近」だと2、7

ないところは0,9位とまちまちです。

吹くともなく吹く風が心地良い。上をみると赤い実がたわわに、ポングりも、下ではシロヨメナも咲いていた。やっぱり木と木の間を通る散歩は何とも言えないほど爽やかだ。他愛のない話をしながら、1時間コースを2時間かけて歩く。

家に帰り、玄関と茶の間に、積んだ花と、ガマズミの実を活ける。

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二人で体力のなさ、足の筋肉のなさ、を痛感、健康で歩けることの幸せを感じる。

少しずつ歩く時間を増やそう!のんびりしたいい日だ。









2011年10月 8日 (土)

 除染   (庭 6分の1)

先日、家族で、花、木など掘り起こし、除染をする。

▼ 除染作業はここから 11_1008000_r_3

1.庭に穴を掘ります。
2.穴に不織布を敷きます。(後で回収出来るように)
3.穴にゼオライトを敷き詰めます。(約10CM~15CM)
 3の作業は、放射性物質が地下水へ浸透しないための必要不可欠な
 作業です。自宅に放射能が無くなったからと喜んでも、他へ迷惑を
 かけたのでは、除染としては意味を持ちませんからね!

4.土の表面を削り、事前に掘っておいた穴(ゼオライトの上)に入れます。( 1,34)
5.土も回収が楽になるように不織布で覆います
6.剥ぎ取った庭に不織布を敷きます
7.不織布の上にゼオライトを撒きます(約3CM)
ここでもやはり、後々放射性物質を含んだゼオライトを
回収できるようにしておくために、不織布を敷いておきます。 11_1008001_r_2



8.固まる土(SOWAサンド)を敷きます。
9.水を撒いて固めます。
注意
水のまき方
1.霧状で表面をかためる
2.30分ほどおいて、再び水を撒く                      (0,95)
3.2時間ほどおいて(シャワー)で水を撒く

キリとかシャワーとかは、水まきホースの取っ手 11_1008002_r



部分に書いてあります。
英語で書いてある商品もありますから         ( 0,23)
キリは   MIST
シャワーは shower
で解釈してください。

jitajyo0005.jpgjitajyo0006.jpgjitajyo0004.jpgjitajyo0008.jpgjitajyo0010.jpgjitajyo0011.jpgjitajyo0014.jpg 11_1008003_r

これだけのことをするのに、半日かかる。生憎、雨のため中止だが、京都風の雅な庭に仕上がり第満足である。
おいおい家族と共に力を合わせ、10月いっぱいには完成させたいと思っている。

2011年10月 3日 (月)

テレビをみて

先日、映画俳優の香川照之さんが嬉しそうに記者会見しているテレビをみる。9cfd0d851df7896f5bd7dd1750ff0bf3jpg驚いたHiyob_hatgif東大現役卒業、1989年俳優デビユー以来、誰もが認める大物俳優!

「歌舞伎の家に生まれた私が戻ってきたということです。全くの素人でゼロから出発、本当に冒険だが、これが私の人生 この船に乗らないわけにはいかなかつた」と

45歳名門の血が流れているのでしょう!血は争えぬのかもしれませんね~。父親の猿之助さん、従兄の市川亀治郎さんと同居「役割」の重さを学ぶそうです。どちらさまも個性的で、凄みと柔らかさを持ち合わせ、来年の6月の舞台に向けて、日夜努力するものと思われます。

新橋演舞場「初代市川猿翁(えんおう)3代目市川段四郎五十回忌追善興行」で市川亀治郎さんが四代目市川猿之助を襲名
           猿之助の長男  香川照之さんが 九代目 市川中車 を襲名

平成15年に脳梗塞で倒れて以来の父親の心境はどんなものなのか?

浜木綿子さんは「息子の選んだ道、彼のことを信じているし、見守っていこうと思います」と

藤間紫さん、猿之助さん、浜木綿子さん、香川照之さん、市川亀治郎さん、市川段四郎さん どちらさまも

自分の今いる場所で、出来る事を精一杯成し遂げるパワー。見習いたいと思います。

そしてどんなに成長しているのか、楽しみです。是非 新橋演舞場に見にいきたいと思っています。

 

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