文化・芸術

2013年4月 1日 (月)

東北バレエコンクール

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木曜日、孫は大きな荷物ををもって、嬉しそうに遠足気分で、家を出る。

30日コンクール予選、ママはⅠ人で新幹線に乗って、応援に駆けつける。

私達は、「石川遼も予選落ちだから、孫もしょうがないなあ!」

「結果も大事だけど、そこに向かう過程がもっと大切、将来の宝物になるね~。」

など、話して笑っていた。それが「、予選通過したよキャッー!」と夜7時ごろメールが・・・。

Photo_5日曜日は雪がふり、厳しい寒さ、

午後からでしたが、9時40分車で。

ママは直ぐ会場へ、私達は山形の駅で、ブラブラ、昼食

フロリア王女のバリエーション

初めてのコンクール出場!

なのに堂々、余裕さえ感じる風にみえた。

スターのように、満面の笑みを浮かべて

軽やかに踊っている。

先輩たちの、バレエの技に太刀打ちできる状態ではない。が初心者として申し分ないバレエに、映った。半年前とは、足の上がりかたが違い、上達の速さに驚いている。

後1ミリ、後1ミリと練習を積み重ねると、感動するほど,上手くなるんですね~。

先生方、お世話下さった方々有難うございます。

皆さんのお蔭で、家族皆で素晴らしい時間をいただきました。

また、宜しくお願いいたします。

2013年3月30日 (土)

演劇  カミサマの恋

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舞台中央に祭壇、両脇に竜宮様、道子のカミサマだって。

手前にソファー。ここで カウンセラー。

一喜一憂しながら・・・・・。軽いこと 軽いこと、へえ~。ウソでしょう!

心で笑っている自分がいる。だが心地よい。

この作品、風土を感じる。畑澤さんは、老年?なんて思っていたら・・・・。

調べると青森県立青森中央高校美術教諭、演劇顧問

学校の先生、49歳、高校演劇界では、有名だそうです。

奈良岡朋子、83歳 津軽弁も軽やか、セリフも流暢、体の動きもスピーディー

凄い女優さんなんだなあ!若いし、生気に溢れている。驚きの連続です。

笑いあり、涙あり、溢れんばかりの人情あり、いいお芝居です。

ふわっとした感情と喜び、充実した満足感でいっぱいです。

有難うございます。


2012年12月12日 (水)

勘三郎さん逝く

Kannzaburou_4名前を知っている程度のフアンなのに、各界の著名な方々の声が沢山紹介され、生前のお人柄と幅広い交友、そして生きざまの凄まじさが伝わってくる。

追悼番組もBS,Eテレ、NHK,で放映され、見る。

演劇分野でカテゴリーの垣根を飛び越え、活躍なさった凄い方だと知る。

人間そのものを清濁併せ呑んで、好きで愛して

役に命の灯を吹き込み、舞台の上を、顧客の目の前を、芝居の世界を

駆け抜けた役者、勘三郎さん   

友人の野田秀樹が日経新聞(12・9)に追悼文を書いている。

(引用したいが、抜粋)深い繋がりを感じるいい文章です。

 

彼の亡骸の周りは、彼にそんな恩返しをしてあげたくて仕方のない人間であふれている

それはとりもなおさず、彼がいままで、どれほど周りの人間に優しい男であったかという証でもある。歌舞伎座の大道具、裏方の人々、そして数えきれないお弟子さんたちが、彼の亡骸に、縋りつき泣き狂ったようにいつまでも離れられずにいる。その姿は、肉親を失って悲しみに暮れている人々の姿に似ている。

君の死は、あまりにも僕に近すぎる。君の死を語ろうとするたびに言葉を失い、唇が震え、目が霞む。確かに肉親の死に似ている。

君がこうなってしまうまで、君の存在の大きさに気が付かずに生きていた。その意味では、君の死は、隠れてしまった太陽のようだ。起きるたびに、君がいないことを確認して、途方に暮れている。おそらく君と深くかかわった人々のすべてが、そんな太陽のない朝を迎えている。その数の多さに、君の、中村勘三郎の、温かくも激しい人生を見る。

君が夜中に逝ってしまい、帰ってきた自宅の窓から、富士の山が見えた。たとえようもなく美しかった。月が白くうっすらと西の空に残っていた。紅葉が終わりかけ、冬の訪れを教える、真白き富士の嶺と名残の月・・・「富士紅葉名残の月に 勘三郎」

力が抜けたように息をつきながら、あいつほど「日本人」という言葉が似合う男もいない。そう思った。

 たぶんそれは、我々が歌舞伎に見る幻想でもある。「日本人」とは、その昔こうだったんだよ。こういう人だったんだよと、そう描く理想の日本人の姿。たとえば、悪しき力と闘い、市井の人々には心優しい。義理人情に厚く、忠義を守る、喧嘩っ早くて涙もろく、苦労を自ら背負って、それでいながら底抜けに明るい。

だがこれは、すべて古い「日本人」の物語であり、歌舞伎の舞台の上だけの話だ。架空の話、絵空事。そう思っていた。ところがどっこい、そんな日本人が今なお本当に生きている、それが中村勘三郎だった。

君が僕を歌舞伎の世界に迎え入れてくれて、初めて僕が書いた「研辰(とぎたつ)の討たれ」という芝居の中で、

「生きて生きて、まあどう生きたかはともかくも、それでも生きた緑の葉っぱが、枯れて真っ赤な紅葉に変わり、あの樹の上から、このどうということのない地面までの、そのわずかな旅路を、潔くもなく散っていく、まだまだ生きてえ、死にたくねえ、生きてえ、散りたくねえ、と思って散った紅葉の方がどれだけ多くござんしょ」

 君が回復していたら、再演しただろうこの芝居のこのせりふをどんな思いで演じてくれだだろうか。

 でもその願いはもう叶わない。

君は僕と初めて会った日のように、坂道の下から歩いてきたかと思うと、瞬く間に坂の上に消えて行ってしまったのだから。僕にできるのは、あの時のように、茫然と君の背中を見送るばかりだ。
ご冥福を祈ります。

 

2012年10月21日 (日)

バレエスクール  発表会

今日は竹内ひとみバレエ 福島スタジオ 第23回発表会

文化センター第ホールで催されました。

1部~4部まであり、1部のクラス作品と4部作品のコッペリアに出演させていただきました。

中学校になり、ますます活動の場が増えている様子です。バレエも好きで、楽しませていただいているのを、見守っていましたが、今日納得しました。1年間でこんなに上達するんですね~。驚いています。(勿論お上手な人が沢山いらっしゃいまして、足元にも及びませんが・・・・。)嬉しそうに、楽しそうに踊っている姿に感激です。

お世話下さった先生方々、有難うございます。孫のお友達もかけつけていただき、孫、両親、家族みんなで、感謝の気持ちでいっぱいです。

花束その他いろんなプレゼント、有難うございます。01思い出に・・・・・・。           有難うございます。

2011年7月 9日 (土)

瑞宝単光章

今日も暑かった!いつものように孫を送り、散歩1時間、謡曲の教室に向かう。
既に皆さんお揃いで会話が弾んでいる。一緒に習っている一人が瑞宝単光章なるものを頂いと云う。確かにあの時新聞を見てるはずなのに、気付かないものだ。(・_・)エッ....?
初めに「四海波」を謡いお祝いをする。帰り際に職業をお伺いすると、警察だとおっしゃる。
瑞宝単光章とは公務等に長年にわたり従事し、成績を挙げた方に送られると・・・・・。
あらためまして本当におめでとうございます。先生も私達仲間も一人も気付けず大変失礼いたしました。m(_ _)m
私達は10年近く謡曲を習っているが、丹野さんは去年の10月からまだ10カ月未満
お上手なのだ。父が謡曲を嗜み小さいころから耳にして、「門前小僧習わぬ経を読む」である。皆一緒に上手になりたいものである。
ささやかな花の写真のプレゼント shineますますお元気で御活躍下さいshine

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瑞宝単光章shine おめでとうございます。とっても瑞宝単光章がお似合いでーすsign03
写真クリックしてみて下さいね!

2010年11月 3日 (水)

松竹歌舞伎

今日のお天気はsunたりcloudたりrainたり寒い1日でしたね。祝日なのに残念!私は友と文化センターに歌舞伎を観に出かけました。お洒落に粋な着物姿に目を奪われてしまいました。着物って素晴らしい!と思う年になりました。、、、、遅ればせながら私も

演目は浦島 泥棒と若殿 身替座禅  構成も良かったです。浦島しい乙姫を想うクドキから玉手箱を開け老人となる変化が見どころ   泥棒(尾上松碌)若殿(坂東三津五郎)  幽閉された大名家の若殿とそこに忍び込んだ泥棒との不思議な交流を描いた人情味あふれる物語。 

 中でも1番面白かったのが身替座禅 浮気性の大名(坂東三津五郎)が座禅をすると偽って、身替りをたてて逢瀬に出かけたが、妻に(尾上松碌)見破られ、妻が身替りになったとも知らずに逢瀬の内容を語り始める物語。  面白い題材の長唄囃子連中 常磐津連中の三味線 笛 鼓 太鼓 唄等の音色に包まれながら、歌舞伎役者の二人の動作と表情、いいようのない可笑しさ、セクシーさ加減  常磐津と長唄の掛け合いで品格のある舞踊が展開される舞台です。

尾上松碌が泥棒と(男)妻(女)を演じ分ける見事さに感心しました。今日は全て良かったです。

二人で今度は着物を着て気分を高揚させて、また歌舞伎を観にこようねPhoto_2

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